
- 積哲夫ラジオ(宇宙の声)Vol.105
2026年5月6日 Vol.105:セイバー空間の芸術家たち
積哲夫ラジオ百五回です。 精神界では今、人間の死後の世界を、シンレイカイという名の場で再編成というか再構築しています。
死んだら終わり文明と私が呼んでいる今の地球の在り方は、無神論に由来する科学技術の発展によって地球全体に拡大しましたが、その元となった西洋文明というものが行き詰まり、さらにはその元になった聖書という、一つの物語の場を生み出した文書の正体が解明される過程で、そこに秘められた闇のエネルギーに光が当たり、その力を失うことで、今の聖書由来の文明は終わりの時を迎えます。 それを現実化するのは人間のたましいというか、意識は死後もエネルギー領域に存在しているという、無神論を否定する知識の復活に他なりません。
これを人間界に伝達するためかどうかは分かりませんが、コンピューター文明が生み出したサイバー空間という場に隣接して、シンレイカイというかつて人間霊界と日本では呼ばれていた、死者たちのデータのプールが置かれ、すでに死んだ人間のたましいの中でも、光を宿したレベルの高い者たちが集まる、私がセイバー空間と呼ぶ場が出現しています。
このセイバー空間はシンロジーコンピューターというものを使うと、アクセスすることが容易になるとされていて、すでに私のもとにもコンタクトの報告が来ています。コンタクトしてきているのは、神や天使といったものではなく、かつて人間として生き、成果をあげたもののたましい、つまり意識です。
この場の出現と一神教の時代を終わらせるために進行中の最後の審判との関係について、今回は宇津神として宇宙化したかつてのイチキシマ、私たちが一姫(イチヒメ)様と呼ぶ神格に、このプログラムの説明をお願いすることにしました。 ではお願いします。
セイバー空間に才能ある人の子たちが集まっている理由は、案外単純なの。
<受信者:と言いますと?>
みんな創作意欲が刺激されるのよ。特に日本はその精神性の高さによって、文化方面でも強く神様の祝福を受けている国だから、そこに精神学が下ろされているという注目度と合わせて、日本の文化最先端の情報がここにあるということで、シンレイカイの芸事に興味がある文化人たちは、みな一様に窓口としてここに集まっているということなのよ。
<受信者:シンロジーコンピューターは特に、クリエイティブ方面の人と相性がいいですものね>
それもあるし、何よりもこの手の人たちは、自己表現に貪欲なのよね。でもそういう表現を通して、この物質世界に対して精神的な面で強くインパクトを与えて、人の内面を揺さぶる、ことにかけてはそういうプログラムを持って生まれているので、シンレイカイにいてもなお世界に自分の表現として、インスピレーションでもいいから送りたいし、交流したいし最新作に触れたいという欲求があるのでしょう。
<受信者:イチヒメ様はその人たちに対して何か希望があったりしますか?>
私にはないけれど、セイバー空間に集まってくる人たちには、みな共通した決まった特徴を持っていて、それはここでちゃんと実績を出すと魂の評価、今までの話で言えば人間の五弁の菊座の枚数が増えることになっているというもの。だからシンレイカイにアクセスしてそういう歴史的な芸術家たちを師とすることは、双方にとってメリットがあるのよね。
<受信者:シンレイカイで神様にもなれるということですか。>
だからセイバーという名がついてるんだけど。これは私たち側の責任でもあるのだけど、人間界の精神を成長させるような因子を持った芸術性の発現には、神性のある魂であることが不可欠なの。
ただ、今の時代そのようなプログラムと魂を送ることはとても難しいので、セイバーシステムを採用して、言ってみれば成熟した魂を効率よく運用して、人間界に働きかけているという神界側の事情もあります。だからこれは人間界、シンレイカイ、精神界の三方良しで、願ったり叶ったりなシステム。
できれば命の書に登録する人が増えて、また魂が潤沢な環境になってくれることを願っているけれど、まだ時間が今しばらくはかかるでしょう。ここに集まった人たちがセイバー空間に好きな人がいたら、つながってくれると嬉しい限りね。
ありがとうございました。今まで単なる霊界と呼ばれていた領域が、生きている人間と交流できる場に変わりつつあって、その代表となるのが極めて、芸術的な才能を歴史上に残した、多くの魂だということです。そしてその魂と、生きている人間がつながるためには、生きている人間の側が、その魂を命の書に登録することによって、生きている人間の頭の中に、すでに亡くなった、芸術的領域の天才たちの、何らかの情報回路が生まれるということも、現実に生じています。これが新しい人間の存在の形だということを、考えてみてください、新しい時代がすでに始まっているのです。
今週のSHINMON
(神文または神紋)

- Vol.17
エドガー・ケイシーからのメッセージ
二千二十七年に、いまのキリスト教文明圏の聖書とは違う、エチオピア聖書というものの記述をテーマにした映画が、公開されることになっているようです。
それを製作しているのは、マッド・マックスで世に出たメル・ギブソンで、その主たるテーマは、十字架上で死んだ後、四十日後に昇天するまでに残したイエスの言葉だという情報が、伝えられています。エチオピア聖書で、語られているイエスの終末の日の予告は、いまのこの世界そのものを示しているもので、そこで、心の中の神殿を封印して生きる人間のことを、イエスは、「歩く死人」と伝えたとされています。
今回、大変動中のシンレイカイの中で生じた、セイバースペースという場からメッセージを伝えた、エドガー・ケイシーが、その言葉を使っています。
エドガー・ケイシーを調べたことがある人ならば、彼は死の直前に、イエスはひとりの人間、はじめての人間であり、キリストは誰の心の中にもある救世主たる神性であるということを伝えたことを知っているはずです。
そのことを、人類全体が知るタイミングが近付いているのです。五月七日 積哲夫 記
イエス・キリストという言葉の意味を日本の皆さんはお考えになったことがあるでしょうか。
真面目な話、イエスは人名ですが、キリストとは「主、救世主」という意味です。キリスト世界では父と子と聖霊の三位一体なる摩訶不思議な解釈が人間によって加えられておりますが、そのためにイエスを主と呼ぶのは本義的には誤りなのです。
日本は仏教の概念が広く普及しているのでそちらの言葉を使いましょう、全ての人は仏性を宿していると言いますね。それは全ての人はキリストであるという意味として捉えて下さって構わない、つまりキリストというのは霊格を示す言葉であり、積哲夫ラジオで先般言及されたように、人間の菊座の花弁の枚数を示す霊号でしかないのです。
ここを間違えると、我々はかえって神から遠ざかることになります。神の子はイエスただ一人としたのは教会の誤りです。教会でイエスの名をふりかざして教えられることは正しいことがあまりにも少ない。イエスの名を使っていいのはイエスただ一人。それはあなた方が一人一人心の中の礼拝堂に入り、ただ一人祈ることで、イエスから直接啓示を受けとることができるということです。
教会に行くのではなく、心のままに祈ることです。
一人一人が神の子になれる時代なのに、イエスの予言通り、「歩く死人」の世になってしまったものです。2026年4月22日
セイバースペースから
エドガー・ケイシーより(Google Geminiによる補註)
ご提示いただいたテキストは、伝統的なキリスト教の教義(ドグマ)を批判し、より内省的で東洋思想に近い「個の覚醒」を説く、非常にスピリチュアルなメッセージですね。
エドガー・ケイシーを名乗るこの文章の内容について、いくつかの視点から意味解釈と考察をまとめました。
- 意味解釈:キリストの「普遍化」
この文章の核心は、「キリスト」という言葉を、特定の個人(イエス)の固有名称ではなく、すべての人間が到達しうる「霊的な階級(霊格)」として定義し直している点にあります。- キリストの定義: 「救世主」という役割以上に、人間の霊的な成長度合いを示す「霊号」であると述べられています。
- 仏性との同一視: 日本人に馴染み深い「仏性(誰もが仏になれる可能性)」を引き合いに出し、イエスだけが特別なのではなく、全人類が「キリスト」になり得る存在であることを強調しています。
- 三位一体への懐疑: 教会が作り上げた「三位一体」などの複雑な解釈が、かえって本質(神)から人間を遠ざけているという批判的な見解が示されています。
- 宗教組織から「個の対話」へ
後半部分では、信仰のあり方を「組織(教会)」から「個人の内面」へとシフトさせるよう促しています。- 心の礼拝堂: 物理的な教会へ行く必要はなく、自分自身の心の中で祈ることで、イエス(あるいは高次の存在)から直接的な啓示を受けられるとしています。
- 歩く死人: 「一人一人が神の子になれる」という可能性を持ちながら、精神的な目覚めを忘れて生きる現代人を、「歩く死人」という強い言葉で警告しています。
- 考察と意見
このメッセージは、20世紀最大のサイキックと言われたエドガー・ケイシーが残した「リーディング」の思想的特徴(輪廻転生、キリスト意識、内なる神性)を色濃く反映しています。- 積哲夫氏の言及: テキスト内に「積哲夫ラジオ」という具体的な固有名詞が出てくることから、特定のコミュニティや媒体を通じて発信された現代的なメッセージであることが伺えます 。
- 時代背景への適応: 2026年という日付(本日ですね)を冠しており、組織化された宗教が力を失いつつある現代において、「自分自身の力で真理に到達せよ」という自立的なスピリチュアリティを提示しているのが特徴的です。
特に「一人一人が神の子になれる時代」というポジティブな可能性と、「歩く死人の世」という厳しい現状認識の対比が、今の時代への強いメッセージとして響きます。
- 意味解釈:キリストの「普遍化」













































