- 積哲夫ラジオ(宇宙の声)VOL.25
2024年10月23日 Vol.25:東京失墜
この二千二十四年十月から始まっている日本の大変動に関連して、精神界から、「東京は日本の中心、首都という地位ではなくなった」という情報が届いています。このことで、日本経済に悪影響が生じるのも時間の問題となるでしょう。
精神界によれば、東京の地下には過去の江戸と東京の天と地と人の災いのエネルギーがマグマのように蓄積しており、それがこれから人間の意識下に影響を与えるようになるようです。意識下のものは認識することで意識上にのぼります。これをまだ無明なる人間に伝えるために精神学があるのですが、日本列島の上に暮らす、自分を日本人だと思っている多くの人々の意識下に、天と地から、あなたは本当に日本人なのですか、という問いがこれから発されることになっています。
これらの声を普通の日本人に届かなくしているものが、マスメディアの発する言葉で、ことだま、おとだまがその言葉に宿っていないと気付いた者から、この地球全体に及んだ洗脳のシステムからの解放が始まるのです。
この情報発信はある種の波動であり、光と闇の波動は本質的に違うため、闇のものたちは知ってはいても、光の周波数帯で生きる人間にアンチ精神学の思いのエネルギーを送り込むというところまでしかできません。これから始まるこの世の立て替え立て直しというものは、このように人間の意識下での波動的な戦いで進行していくものと考えておいてください。
現実のこの世では、第三次世界大戦のような破滅に人間界を追い込もうとする人間グループも存在していますが、その活動に関わらず、最後の審判は実行されることになっています。
このシステムに気付いた日本人の中から、次の時代のために、精神界が用意した情報にアクセスする能力を持つ、新しい日本人が生まれます。この地球にも宇宙にも意識というエネルギーがあることを知れば、その未来が見えてきます。
<ラジオ内容全文>
積哲夫ラジオ第二十五回です。
この二千二十四年の十月から始まっている日本の大変動に関連して、かなりショッキングな情報が私のもとに届いています。それは、「この十月から、精神エネルギーの面で東京は日本の中心、首都ではなくなった」という情報です。精神界が自民党政権、または東京政府を見限ったという情報はすでにお伝えしていますが、東京はその地位を精神界によって変更されたということのようです。
これで何が起きるのか、東京に集中していた人とマネーはどうなっていくのか、世界経済から見ても東京の不動産に集中してきていた世界のマネーにどんな変動が生じるのか、様々な未来予測ができそうですが、結論から先に言ってしまうと、日本経済にも悪影響が出るのは時間の問題となるでしょう。
すでに日本経済は、かつてのようなものづくり大国でもなく、金融を中心にした世界経済の流れからも遅れて、トヨタに代表される、日本政府のバックアップなしでも世界で戦える一部企業によって支えられている円安の国になりつつあります。日本の経済成長を真似て輸出立国を目指した韓国も、共産党の中国も、この輸出というビジネスモデルと国民の所得の向上というものの間にある問題を解決できず、バブル崩壊のタイミングを迎えつつあります。普通ならばここで日本復活の道が見えてくるのですが、残念ながら、このまま行くと東京は沈没するようです。
精神界からの情報によれば、東京の地の底には過去の江戸と東京の天と地と人の災いのエネルギーがマグマのように蓄積しており、それがこれから人間の意識下にも影響を与えるようになるようです。意識下というのは、一般に潜在意識と呼ばれる領域のように思われますが、個人的なものではなく、人間、または日本人のように大きな人間グループの意識の基盤のようなものだと考えてください。普通の人間が知らなくても、その人間意識の共通の基盤のようなものには、 精神界の情報が心というものを鏡として投影されているからです。
意識下にあるものは、意識を向けることで意識化します。精神学というものは、このメカニズムを、まだ無明なるものとして生きている今の人間に伝える役割を担っていますが、それも天が用意したシナリオであり、この地球のプログラムなのです。今の日本列島の上に生活している自分を日本人だと思ってる多くの人々にこれから、あなたは本当に日本人なのですか、という問いが天と地から発されることになっています。
これらの声が普通の日本人の脳内、または耳に届かなくしているものが、マスメディアの発する、あらかじめ操作された言葉でした。この言葉に言霊、音霊が宿っていないという現実に気づいたものから、この地球全体に及んだ洗脳のシステムからの解放が始まるのです。
その用意こそが、今進行中の意識下への情報発信ということです。その情報とは言霊、音霊の本質と同じく、ある種の波動です。この波動を闇のものたちは、知ってはいても対抗する手段を持ちません。なぜなら波動の周波数が違うからです。光の波動と闇の波動は本質的に違うため、それらの対抗エネルギーが出力されても、それはその周波数帯で生きる人間にアンチ精神学の思いのエネルギーを送り込むというところまでしかできないのです。
これから始まるこの世の立て替え立て直しというものは、このように人間の意識下での波動的な戦いで進行していくものと考えておいてください。これから天と地の影響の行使によって、天災や人災は生じるでしょうが、人と人、民と民、国と国が戦うという方向で歴史が動くことはありません。それは審判を実行させない闇の策謀に他ならないのです。
現実のこの世は、民と民、国と国を争わせ、第三次世界大戦のような破滅にこの人間界を追い込もうとする事象が数多く生じています。これらのことを実行している人間グループも存在していることは事実ですが、彼らの働きによって、最後の審判のプログラムの発動が阻止されるという段階はすでに通り過ぎており、彼らの活動があってもなくても、約束されたことは実行されることになっています。これが今の日本の姿です。これらのことが進行している一つの現れが、今回の石破内閣の誕生です。日本国民が新内閣にほとんど何も期待していないということは、日本の終わりを早めるための内閣であると、意識下では理解してしまっているからです。
このシステムに気づいた日本人の中から、次の時代のために、精神界が用意したこの意識下への情報にアクセスする能力を持つ、新しい日本人が生まれます。この新しい日本人は上に登って精神界の情報にアクセスし、下に降りてかつての霊界や魔界の現在の姿に触れて、新しい世界、新しい地球のプログラムを知ることになります。そこで必要なのは、人間の元たる古き神のプログラムを完成し、次の役割を担う新しい意識ということになるのです。この地球にも宇宙にも、意識というエネルギーがあることを知れば、その未来が見えてきます。
今週の光文書
(ヒカリモンジョ)
- Vol.800+30+107
コンテンツ
日本の終わりのはじまりのスタートとなるのが、この二千二十四年の十月ということのようで、いままでの政治では、日本人は、そのアイデンティティを失い、その役割も忘れることになります。これが、明治維新が作った日本国の運命だったということです。その落日の日本が、日本神界が用意したプログラムで、復活するキーワードが、ここに来て、明らかになりました。それが、「コンテンツ」です。
コンテンツが何を意味するかというと、中味ということのようです。
コンピュータが文明の中心を担うようになって、ハードウェアでも、ソフトウェアでも、日本は、主たるポジションを得ることはできませんでした。
ところが、コンテンツならば、とくに日本語コンテンツならば、それは日本にしか担えないのです。
ここで、日本語が神界語だという情報を発信しているのは、積哲夫と精神学協会だということに意味が生まれてきます。
人間の文明において、一番、重要なコンテンツというものは、たぶん、神というものです。宗教の時代が終わったことで、神と人間の関係をテーマにしたコンテンツを考え、作る自由が、人間に許されるようになりましたが、いまの世界で、それが自由にできる地域は日本が唯一なのです。一神教に染まらなかった、大陸や半島は、宗教の伝統とは別の理由で、それらをコンテンツ化する文化的ストックがないので、この分野に参入することは困難です。
これが、日本のアニメやマンガというコンテンツの強さのもとにあるもので、そこには、竹取物語や源氏物語という文学的伝統も含まれています。
日本語脳というものと、日本語が神界語であるというのはセットで、この先のテーマでいうと、人類が宇宙に意識を向けるためには、一神教の文明圏で生まれた英語を中心とした言語体系では、コンタクト不能な領域が生じるのです。
人間は、残念ながら、自分が知っている範囲の宇宙の中でしか生きることは、できません。しかし、この宇宙には、はじまりの前があり、終わりの後もあるのです。いまの科学は、その前と後を知ることを、はじめから放棄しています。それが、一神教から生まれた科学の限界なのです。それを逆説的に説明すると、科学が一神教の神の全能を否定してくれたおかげで、人間は宗教から解放されたともいえます。西洋文明は、それによって、人間のあり方を、イデオロギー的に解放し、今日までの無神論の勝利という結果をもたらしたのですが、それが、人間世界を地獄化するという結果を前にして、行き詰まっています。
ヨーロッパもアメリカも、出口は見い出せていません。チャイナに代表される非民主主義国もまた、敵対していたはずの資本主義のマネーの論理によって、自壊の道を歩んでいます。
日本が、改めて日本であることを取り戻すために必要なのは、日本人の覚醒と同時に、日本を支配してきた、アメリカの退場なのです。それを、いまの日本の政治に求めることはできないということも、日本神界は、よく理解しています。
日本人が、日本の仕組みという神のプログラムを知ることなしに、この先の日本復活はないのですが、それを知るために必要なのが、この日本のコンテンツということです。
「最終知識」という書は、そのコンテンツの出発点にほかなりません。
なぜ、この宇宙が物語宇宙と呼ばれるのか、その理由は、この宇宙には、神のような、悪魔のような、地球人類のような、その他の異星人のような、各種の意識体が存在していて、それぞれが、その物語の中に生きているということを受け入れないと、私たちはどこから来て、どこへ行くのかというテーマに向き合うことができないからです。
二十一世紀に入って、地球での宗教の時代、聖書の時代が終了し、人間というたましいの容器も、宇宙に向って解放されてしまいました。
すでに生まれている、新しいタイプの人間のたましいは、これまでのような、古い地球の神々や、一神教の神のワケミタマではないのです。その彼らこそ、地球上の人間界に新しいコンテンツを供給するものたちということです。つまり、いまの日本には、そのコンテンツの種子を宿した新しいタイプの子供達が、すでに生まれています。彼らの持つポテンシャルは、いまの教育、いまの社会では、開花のしようがないのです。その用意を日本列島がはじめるよう、天も地も動いているということです。神紀四年(二千二十四年)十月二十四日 積哲夫 記
この光文書にどうしても、掲出してほしいというメッセージとともに、下記の通信が届いています。
鏡の日
伝えわするる
このかぎよもの静けさを
かなしみて
来たるこの日を まちのぞみわかるるものの なみだあり
いっしん きよいまする
まだ このちにて いきる わのみ
(アマツミカボシ)