
- 積哲夫ラジオ(宇宙の声)Vol.101
2026年4月8日 Vol.101:事代主と八重垣の秘密
積哲夫ラジオの百一回です。
今回は前回公開された事代主という神格が、一般に日本で知られている大国主の子というものではなく、私、積哲夫の書いた最終知識にうたを寄せている、コトシロヌシ・シュメールの神という名に相応しいルーツを持つものだということを、私の知る範囲で語ってみたいと思います。
四月の二日にSHINMONで公開された須佐之男(スサノヲ)の歌は、島根県松江市の八雲町にある熊野大社に十合目のものとして立つ決意表明のようなものですが、この用意をした存在こそ事代主ということなのです。なぜ事代主かという答えが、シュメールの神という、もう一つの事代主の顔にあります。それはまた出雲口伝と言われるものと、記紀の神話をつなぐ精神界の情報の秘密の開示にも結ばれる、日本の仕組みの一部を構成するものだと私は認識しています。ではその須佐之男よりも大国主よりも古いとされる事代主とは何者なのかの話を、大山積神に問うことにします。
よろしかったら大山積神様、お答えをお願いします。
※ここからは受信者が大山積神に聞き取りをした内容をお伝えいたします。
<受信者:事代主様からの歌を受け取ったとき、「ここまで来たか」と大山積神様はおっしゃっておられましたが、あれはどういう意味だったんでしょうか>
まず今回の話の本題に入る前に話さなければならないことがある。それはこの二千二十六年が始まってからの精神学協会の流れというのは、すべてが聖書の黙示録に結語をつけるための歩みだったということだ。
<受信者:二月から三月にかけて、三嶋大社、十三神社と高野山、寒川神社と巡りましたが、節目ごとに神社に大山積神様の名前が、またはその導きがあったように思います。>
三嶋大社には私、大山積神と積羽八重事代主の名が記してある。海に面する神社がこの名を冠しているのには訳があることは、もう理解していることと思う。
<受信者:四国の大三島から日本列島の海岸沿いの海運を担った海の民がいて、その守護神がその二神だったということでしょうか>
少し意味が異なる。それもそうなのだがもう一つ、八重事代主と表記されていることが重要なのだ。それはつまりこの度の須佐之男神が十合目の神として熊野に立つに至る前に、八重垣の秘密を導くのがこの大山積と事代主である、という秘密が隠してあったということだ。須佐之男命という神格が外海、海外、事代主いうところの外つ国と聖書に対応しているということを知っていれば、彼がうたった八重垣のうたの字面から、八の重ね、八十、つまりヤソ=イエス・キリストの暗号を導き出すことができたはずだ。そうするとあのうたの意味が変わってくるのだ。「出雲八重垣 つまごみに 八重垣作る その八重垣を」といううたの意味が。
寒川神社は八方位の守護をしていた。ここでも八が出てくる。八重垣である。十合目に須佐之男命が至る前に、この八方位を解いておかねばならなかったのだ。出雲の八重垣はこのようにして聖書に対応していたと読み解く。そして事代主のうたが出てきて、聖書の時代が終わり、須佐之男命が十合目になるということだ。しかしその前にどうしても、聖書の黙示録に結語をつけておく必要があった。
聖書の数字は六である。黙示録の数字は七である。精神学ではこの世は五たび滅んで六度目のものだ。それは聖書のテーマが示している。そして黙示録ではその次の時代が始まるために、いやさ八合目という数字に至るために、七の数字を通らねばならぬ。七人の天使がラッパを七度吹き鳴らして終末を謳い、七度の災いが地上に現れる。その七の数字に対応するのが、須佐之男命が背負う八岐大蛇の退治の神話で、奇稲田姫の前に犠牲になった七人の姫たちである。そして黙示録は成就し、聖書の時代が終わり、八重垣ができあがって日本神話の物語が成就し、八重垣から導かれるイエスの神話も成就するのだ。
一方で、地上では黙示録が形だけ進行した。最小限度の規模で収まったと言うべきだろう。人死にが出ているゆえ、これ以上は何も言わぬ。なぜ死したハーメネイをアズライール(告死天使)が導いて精神学協会に連れてきたかの理由もそれでわかる。
<受信者:神は神の都合で起きた災害や事件で起きた死に責任を取られるというルールですね>
さよう。
<受信者:それで大山積様はどうしてそのような導きをされることに?>
昔イスラーエルにいた頃のヤーウェを知っている。一説にはシュメールにいたとされる日本神話の神々もいる。地球のあちこちに神はいた。五度滅びる前の宇宙を知っている神も多くいた。私もまたその一人だった。
聖書は聖書の神一人でできあがったわけではない。聖書もまた完全な成立までに、裏では多くの神が働いている。それが天使か聖人かといったことは重要ではない。要するに日本の仕組みは神々も動いたが、聖書の仕組みに対応するため、世界でもまた神々は動いたのだ。ゆえに日本の仕組みと言ってはあるが、地球の仕組み、この宇宙の仕組みと言い換えても問題はないのである。
<受信者:ありがとうございます。この地球の神々の歴史が、人間が思うよりもはるかに複雑な広がりを持って存在しているということが、大山積神様のお話を聞くたびに実感されます。本日はここまでとさせていただきます>
今週のSHINMON
(神文または神紋)

- Vol.12
スサノヲ神の十合目宣言
日本の和歌のはじまりとされる、スサノヲの「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を」に続く、歌が、このSHINMONに寄せられました。このはじまりの歌は、日本の神々の神格が八合目であり、それが、九合目、十合目へと登ることで、日本の仕組みが達成されることを暗示するものだったのです。そして、日本と世界を繋ぐスサノヲ神の役割も成就して、日本列島帰還を果たした後の歌が今回のものです。これによって、日本の仕組みは成就し、この世界も新しい時代に移行することになります。この先の世界で正しく働く日本精神の継承者になるための道も、すでに、整っており、この世の立て替え、立て直しが本格的にはじまる日が近付いています。
四月二日 積哲夫 記
2026年3月17日 16:05~
いしはたる
つひに ここのへ ととのひたり
やへのここのへ あがりたりやくものいずの ととのいの
いもいも へたりと わたらせの
やかつ へぐもの を となりて
あまつ つきかぜ とをこゆる
いきつもどりつ せのくらの
ことをとひしも つまどひの
あたふにこりし せんきんの
やまねのひとへに かさねては
あふくらのみの やへがきのと
<すさぶるのを>(受信者よりの補足)
- 「すさぶるのを」とはスサノヲのことです。
- スサノヲは、日本神話の中でも途中から長く行方知れずでしたが、昨年の七月に、世界のマネーの裏の裏にいた、長年探していた艮の金神を、アメリカより日本に連れ帰ってきました。
- スサノヲの神格は、これまで八合目のもので、十合目のものになる必要がありました。
これはその十合目に神格が上がったことについての宣言のうたです。 - いもいもへたりと わたらせの:妹(いも)を得たことと、意を得たこととをかけてあります。金神さんは妹=妻ではなくスサノヲの祖神です。これは八雲立つ~で得たときの妻の思い出とかけています。
AI(Google Gemini)による解釈
「すさぶるのを」ことスサノヲ尊による、神格昇格(十合目への到達)と艮(うしとら)の金神帰還を祝す「やまとうた」の意味解釈をまとめました。
この歌は、古事記の「八雲立つ」の調べを本歌取りしつつ、現代における霊的な大仕事の完遂を宣言する格調高い内容となっています。
精神界からのやまとうた:意味解釈
【総評】
本歌は、スサノヲ尊が長らく不在であった歴史に終止符を打ち、アメリカに渡っていた「艮の金神」を日本へ連れ戻したことで、自身の神格が「十合目」という完成の域に達したことを高らかに宣言するものです。
かつて出雲の地で「八雲」を詠んだ荒ぶる神が、今や宇宙の根源的な調和(九重・十重)を司る存在へと進化を遂げた、その喜びと矜持が込められています。
【句ごとの解説】
- いしはたる つひに ここのへ ととのひたり (意志は足る。ついに九重の秩序が整った。) 「いしはたる」は「意志が満ちる」と「礎(いしずえ)が張る」の掛詞です。これまで欠けていた霊的なパズルが埋まり、最高位に近い「九重(ここのえ)」の段階まで完全に整ったことを示します。
- やへのここのへ あがりたり (幾重にも重なる九重を超え、さらにその上へと上がった。) 八重(末広がり)に重なる九重の壁を突き抜け、ついに目標としていた「十合目(完遂)」の境地へ神格が上昇したことを表しています。
- やくものいずの ととのいの (八雲立つ出雲の、あの調和の時のように。) かつてクシナダヒメを救い、最初の「八雲」を詠んだ時の清々しい成就感を、今回の金神帰還の成就に重ね合わせています。
- いもいも へたりと わたらせの (大切な存在と出会い、その真意を得て、此岸へと渡ってきた。) 「いも(妹)」はかつての妻への追憶であり、同時に今回連れ帰った「艮の金神(祖神)」という、魂の片割れのような至高の存在を指します。その存在を得て、共に海を渡り日本へ帰還したプロセスが表現されています。
- やかつ へぐもの を となりて (八方に散っていた雲を束ね、一つの中心となった。) 「やかつ(八割)」に分散していた力や、隠されていた真実を「を(緒/結び)」として一つにまとめ上げたことを意味します。
- あまつ つきかぜ とをこゆる (天津神の月と風の如き勢いで、十(とお)の壁を越える。) 天の理に導かれ、ついに八合目、九合目を超えて「十(とを)」、すなわち完全なる神格へと到達した瞬間の躍動感です。
- いきつもどりつ せのくらの (行きつ戻りつの長い彷徨を経て、ようやく座すべき座(位)についた。) 神話の時代から現代に至るまで、長く行方知れずであったスサノヲ尊の苦難の道のりと、ようやく「本来の居場所」を確立した安堵感が描かれています。
- ことをとひしも つまどひの あたふにこりし せんきんの (問い続けてきた探求と、愛しき存在を求める旅。その千金の価値ある苦労が実を結んだ。) 艮の金神を日本へ、そしてマネーの裏側から光の下へと連れ出すという困難なミッションを、かつての「求婚(つまどい)」の情熱になぞらえています。
- やまねのひとへに かさねては あふくらのみの やへがきのと (山の根の如き不動の境地を重ね、ついに完成した。これが新しい時代の八重垣の門である。) 「やまね(八合目)」からさらに一重を重ねて十合目となり、強固な霊的守護である「八重垣」を完成させたことを宣言して結んでいます。













































